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2008年01月の記事一覧
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祝 豊松清十郎襲名 
2008.01.30.Wed / 22:40 
 スポーツ報知から

人形浄瑠璃文楽の吉田清之助さん清十郎襲名 人形浄瑠璃文楽の人形遣い吉田清之助さん(49)が5代目「豊松清十郎」を襲名することが、30日までに決まった。2008年度中に襲名披露を行う。

 清之助さんは東京都出身。1971年に4代目清十郎に入門した。現在は吉田簑助門下。


 襲名おめでとうございます。楽しみですね♪

 読売が一番早かった。そして詳しい。

文楽「豊松」20年ぶり復活、吉田清之助さんが五代目襲名

 国立文楽劇場は30日、人形浄瑠璃文楽人形遣いの吉田清之助さん(49)が、五代目豊松清十郎を襲名すると発表した。
 「豊松」の名前が復活するのは約20年ぶり。2008年度内に襲名披露公演を行う予定。
 1971年に四代目豊松清十郎に入門。豊松清之助の名で74年初舞台。二代目桐竹勘十郎門下を経て86年から吉田簑助門下となった。女形を中心に修業し近年は立役もこなしている。
    (2008年1月30日20時30分 読売新聞)


 襲名狂言なんでしょーねー♪先代の清十郎さんは、正統派の人形遣いときいているので、なんだろうなぁ。女形で主役級で襲名らしい華があって師匠にゆかりもの、なーんだ?立役だと、二枚目系?品のある人形遣いがいかされる演目がいいなぁ。

 やっぱり初日は大阪かな、とすると大阪11月、東京が2月?東京9月で大阪11月がおさまりいい気もするけれど・・・。どんどん妄想がふくらんでいく(笑)。

<追記1/31早朝(笑)>
 大阪1月、東京2月が一番おさまりいいことを忘れてた。お正月のめでたさと、襲名のおめでたさ。いいじゃなーい。来年のお正月は確か初日が休日なんですよね。おおっ、これは襲名初日と正月公演初日をみにいくことも可能だ。それでお願いします(笑)。
 八重垣姫が拝見したいなぁ。十種香では品のあるかわいい姫っぷりを。奥庭では姫の激情を。女形人形遣いなら誰もがやりたいお役ときくし、師匠もされているし。笹引きのお筆というのもよく遣われたようけれど、どういうお話なのかわからないので想像できない。
 でも、襲名公演だと、奥庭までは無理か?東京2月だとさらに厳しい。勝頼が玉女さんで、濡衣が勘十郎さん、時代をになうメンバーでの十種香、よくない?ここに簑助師匠もくわわってくだされば何の文句もないんですけど、うーん、そういう演目ないかしら。
 襲名って演目がわかるまでが一番楽しいから、妄想をおゆるしあれ。
</追記>
 
 簑助さんも、これで兄弟子お二人の名前をのこすことができて一安心でしょうか。ご自身の本にも書かれてましたものね。ほんとうにおめでとうございます。今年は春から縁起がいいわい。
高音美声の節回し 
2008.01.30.Wed / 05:25 

<文楽>豊竹嶋大夫 品位保ち憎悪表現 東京で17年ぶり『中将姫雪責の段』
     2008年1月26日 東京新聞

 豊竹嶋大夫が、東京・国立小劇場の二月文楽公演(8〜24日)で「ひばり山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)・中将姫雪責の段」(二部)の切場を語る。東京では十七年ぶり二回目。

 姫が極寒の雪の中で継母から折檻(せっかん)を受ける場面が眼目。品位を保ちながら憎悪を表現したり、高音美声の節回しなど極めて難しい語りを必要とすることから、最近では、ほかに演じる大夫はいない。

 「とても体力を消耗しますので、今回が最後になるでしょう」と、今年七十六歳になる嶋大夫。

 この演目は、奈良・当麻寺の中将姫伝説が題材。江戸中期に並木宗輔が五段の時代物として作り、その三段目が「雪責の段」。右大臣藤原豊成の娘・中将姫が天皇から預かった千手観音の仏像を、継母・岩根御前が盗み、紛失の罪を姫に着せようとする。とらえた姫を雪の中で割り竹で打ち、折檻するが…。

 嶋大夫は名人・四世竹本越路大夫らから教えを受けた。昭和四十七年、大阪・朝日座の若手向上会で中将姫を語ったのが最初で、本公演は四回目。「何よりも位の高い社会での物語なので、品位が大切。悪役の岩根御前も品位を保ちながら姫を責めるわけで、悪が余計効いてくるんです」

 中将姫は色気が出てはいけないという。「歌舞伎の三姫は恋絡みですが、この姫は清廉、崇高な初々しさが求められる。最後は尼になり仏道に精進するお方ですので。節回しにしろ、言葉にしろ、本当に神経を使って語らなくてはいけません

 岩根御前に顔を雪の中に押さえ込まれた中将姫、その苦しむ様子を表現する独特の語り口がある。「雪が口の中に入って苦しんでいるように、ブルルル…と」

 こうした場面で曲の演奏はすごく派手。「節回しも説経節が入ったりしてなんとも独特です。しかし、語りは派手にならないようにします」

 三味線は竹沢宗助、前を竹本千歳大夫と豊沢富助、胡弓・豊沢龍爾。

 人形は中将姫・吉田文雀(人間国宝)、岩根御前・吉田玉也、豊成卿・桐竹紋豊ら。


 いつだって最後だと思って聴かないといけないと思いつつ、文字で「最後」とみただけで泣けてきた(涙)。
 中将姫のおはなしは、昨年3月の玉三郎さんの新作でいろいろ調べたとき、既存のものはいまいちのお話とうえつけられてしまっていたので、2月の文楽公演では1回でいいかな(3等席が手にはいったので結局2回いくけれど)と、勘十郎さんの狐メインで3部集中でとってしまった(仕事帰りにいけるし)。
 2部は住大夫さん、簑助さん、勘十郎さんの壷坂があるためか、一番人気があるようで、おさえた席は床よりじゃないし。追加しようと思っても、チケットぴあも国立劇場も、この時間(朝4時半)はメンテナンス中。チケット松竹を見習ってくれー、あそこは24時間営業だよ!いつのどの席種があいているかも一目瞭然だし。夜中にポチっが歌舞伎好きにはおなじみ。
 ううっ嶋さんの高音美声の節回しが聴きどころだったなんて・・・。
 チケット探してみよう。でも2部はもうほとんどないんだろうな。2部だと土日か、仕事やすまないといけない(涙)。でもあきらめない。チケットは諦めたら手には入らないのだ。

<追記1/30>
 土日の2部はwebでは売り切れですが、平日ならまだありますね。下手が多いけど。仕事の都合があるのでまだ追加購入はしていませんが、ちょっと頑張って平日お休みとれる日を模索しよう。戻りもでるかもしれないので、電話もありですね。
 1部、3部は土日もありました。ほらほら迷っているなら買いですよ。3部の勘十郎さんの狐はぜーーーーったい見た方がいいですよー。

▽続き・・・・・
新春文楽公演@国立文楽劇場 
2008.01.27.Sun / 00:46 
 1/19観劇

七福神宝の入舩
    IMG_3937.jpg

 めでたい♪これはまさに景事ですね。
 宝船にのって登場した七福神さまたちが、お酒を飲んで、なにか一興とそれぞれに芸?を披露していく。それをやんややんやと楽しむ神様たち。めでたい、めでたい。 

 寿老人さまは三味線を。清治さんの三味線なので聴くと切っ先バリバリだが、寿老人@玉女さんのバチ遣いはそうでもなかった・・・。浄瑠璃の「お年に似合わぬ華やかさ」のとおり、もっとバリバリに弾いてほしかったかな。

 布袋さまはお人形の耳がたぷたぷしててかわいすぎ。あれ、付け耳でしょうか?楽器はつかわず、腹鼓。しょった袋からでてきたのは、「超大吉」の巻物。しかし、超って古くない?(笑)。何がでてくるか、かなりわくわくしたんですが、まあ妥当な感じ。

 大黒天さま@幸助さんは、はしゃいでましたねー、ノリノリ。大黒天さまは小槌をポンっとたたくとお酒がでてくる、いいなぁ〜、あれほしい(笑)。楽器は意外にも胡弓。
 床では寛太郎くんが演奏していましたが、寛太郎くんの胡弓の弾き方は、玉三郎さんの阿古屋でみたときとは違いました。胡弓をしっかと太股において、ほとんど動かさない。胡弓って向きを微妙にかえながら弾くものだと思っていたのでびっくり。弓も胴の付け根のところにしっかとつけて、ものすごくたわませて弾いていた。音も繊細というよりしなやかな強さを感じました。
 ところで、大黒天のかしらは「伴内」でした?(さっきプログラムをみなおして気がついた)。「祐仙」にみえていたのは私の見間違い?先月、寿柱立万歳でさんざんみたお顔だと思っていたんですが・・・、まだまだだな・・・。

 次は男ばかりで華がないということで、弁財天さま。琵琶をお弾きでした。特殊な駒をつかって三味線で琵琶の音を出すのは、11月公演で拝聴ずみ。床に近かったためなのか、かなり、ビョーン、ビョーンと共鳴音が気になってしまった。11月のときは床から遠かったからなー。
 
 福禄寿さまは、演奏でなく、踊り。ながーい頭に獅子頭をのせて、角兵衛獅子の踊り。逆立ちしちゃったり、すごい技をおもちでした。お年寄りにはとてもみえません。以来、福禄寿さまを拝見すると、実はすごいんでしょと突っ込みたくなってます(笑)。

 恵比寿さま@勘市さんも、はしゃいでましたね。大黒天といいコンビ。
 釣竿で船をたたいて太鼓の音。黒御簾さんが大活躍。そして、釣竿で吊り上げたのは・・・フツーに鯛。左遣いさんがかなりの鯛遣いさんで、活き活き、ピチピチして、ハトヤホテル並みでした。
 床では、龍爾さんが曲弾き(でしたよね?)。ちょっとはにかみながらの演奏でした。曲弾きは以前に「関取千両幟」で燕三さん(当時燕二郎)のを拝見しました。視線が三味線さんにめっちゃいくので、やはりはにかみ顔だった気が。曲弾きって、他にもあるのかしら。楽しくていいですよね。

 最後に無骨な毘沙門天さま。刀でも振り回して踊るかと思いきや、ちゃーんと三味線を。

 これって新春公演でしかかからないのかしらと調べたら、必ずしもそうではないよう。東京でもみられる可能性ありです。いろんなお遊びをできそうな演目なんですけど、文楽だとあまり遊べないのかな。
 歌舞伎では、数年後に録画をみると恥ずかしいくらい時事ネタをひっぱる「お遊び」を見慣れているので、もうちょっと遊んでもいい気がしますけどね。おしりかじり虫なんて、歌舞伎をみて知った。

 ともあれ、三味線の音がバリバリで気持のいい一幕でした。
▽続き・・・・・
おかげさまで 
2008.01.26.Sat / 04:36 
 昨日、50万アクセスを超えました。
 最近は毎月約2万のアクセスをいただき、書く励みにもなっております。

 ブログをはじめた頃は、自分自身が混沌の中におりました。何かを求めて、いつの間にか、玉三郎さんにはまり、歌舞伎にはまり、そして文楽へ。最初は日々を暮らしでも書こうと思っていたのに、いまではすっかり歌舞伎と文楽のことばかり。
 何かに追い立てられるようにというより、自分をわざと追い立てて、舞台を見続け、新たな情報を追い求めていた気がします。でも、そんなことを繰り返しているうちに、非日常だった観劇はすっかり日常となり、混沌としていた精神状態も落ち着きを取り戻してきたようです。

 はまりやすくて飽きっぽい性格を自負しているので、こんなに長く(自分としては)はまり続けられるとは思ってもいませんでした。以前に自分が書いたものを読むと、恥ずかしいものばかり。でも全部そのときの自分が書いたもの。やっかいな性格の記録として、これからもおもむくまま書いていこうと思います。

 最近は、過去の舞台の記憶、歌舞伎と文楽の違いが重なって、いろんなことが興味深くなっているのも感じてます。「とりあえず観る、何度も観る」から、「じっくり観る」へ。その中で感じたことを綴っていけたらと思っております。
 
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。 
伝統から未来へ その3 
2008.01.25.Fri / 20:17 
 ラストスパートっ!(笑)

 「俊寛」

住「近松ものは読むにはいいが、伝えるのは苦労する。変化をつけすぎると近松の匂いが消える。はじめの謡の音階も難しい。」
吉「初代がやるまであまりかからなかった演目。」
住「文楽は、昭和5年に四ツ橋で復活した。」
吉「俊寛は30代で若いが、やせて食べるものがなくよぼよぼ、裾さばきなどに気をつかう。」
住「前半がむずかしい。あと、エッチな文章があって難しい。
  「わたし、ここきらい」
 と住大夫さん。ほんとは好きなんじゃないのーと思った(笑)。りんにょぎやってください。


 再び、教えることに話が。

司会「お弟子さんに教える苦労は?」

住「ありすぎるっ!
 一生懸命おしえて、初日はまあまあでも、だんだん崩れて我流になる。
 大人になってから入ってくる人が多いので体にしみつくまで時間ががかかる。言葉はなまってる。漢字も読めない。楽屋で大阪弁を使わない、悪い環境。
 「いくらだっけ」 「いっちゃってさ」 「そうじゃん」
と楽屋で聞くとなさけなくなる。」
 (でもこの言葉をいう住大夫さんかわいいのよねー♪ぷりぷり怒っているけど、語尾がちゃんとあがるし、そう、なまってないっ!(笑)。)
住「吉本の芸人が使うのは荒っぽい大阪弁。私のが大阪弁でんねん。日本語を大事にしてほしい。」

吉「歌舞伎は世襲制だが、血はつながってなくてもいい。昔は養子が多かった。名前がないといい役がつかない因習もあり変えないとだめ。頑張っても先がみえない、才能のある人をうけいれる体制が今はないので、そういう体制を考えていかないといけない。そういう体制があれば応募する人も増えると思う。小学校をまわっているとうまい子がいる。そういう才能が活躍できる土壌をつくってあげたい。」
 吉右衛門さん、毎年小学校をまわって、歌舞伎を実際に体験してもらう催しをしてらっしゃいますものね。ご自身がガマの着ぐるみに入って登場したり、子どもたちはとても楽しそうでした。
 実力のあるひとにもっといいお役がつくといいなーと本当に思っています。

 と、ここまでで2時間近く。
 お二人への質問をとったので、せめていくつかと

Q「舞台中の食事などはどうしているのか」
住「果物とかお寿司などの刺激ものは食べない。一番は睡眠不足にならないようにしてる。」
吉「昼はおそばくらい。」

Q「大阪と東京の違いはあるか」
住「大阪は辛い、東京は何かを学ぼうとしている感じがありやり易い。」
吉「特に違いは感じないが、東京には代々の贔屓も大勢いるのでやり易い。」
住「舞台評ってよみますか。」
 と吉右衛門にきく住大夫さん。
「あたりさわりのないことばっかりで、私よみません。 昔の批評は好き嫌いはあっても、くさしても、見に行ってみようかと思わせる批評だった。」
 (あのー、これ新聞社の催しなんですけど(笑)。そんな住大夫さんにLOVE。)

 ということで、2時間をオーバーして終了。


 その3までひっぱってしまった。途中まで総括的にかいていたのに、だんだん実況中継な感じになり、私の感想もはいって、文章的にめちゃめちゃですがお許しを。紙2枚にびっちりメモしたものの、どんな話だったか思い出せないものもあり、また、多少発言は入りくっているかと思われますが、まあ、こんな感じだったと思っていただければ幸い。

 以上でおわり。ふっー疲れました。
伝統から未来へ その2 
2008.01.24.Thu / 23:35 
 役を演じるときの話で、文楽太夫は何人もの役を演じるので、役になりきったらだめ、「息」でかえていく。文章と文章の間が大事、開かないように腹と腰に力いれて語る。鼻の穴が3つも4つもほしい。と、実演たっぷりでお話。
 
 すでに1時間たったが、のってきたのか住大夫さんは、司会者の休憩の合図に、間あけますか、このままやりましょうかと(笑)。でも、進行の予定があるので、10分ほどの休憩へ。
 休憩所にむかうとき、後ろの方の席に、住大夫さんの奥様、吉右衛門さんの奥様をおみかけする。そして、その並びに、勘十郎さん。前日まで12月の東京公演で出演して、こういう会にもいらっしゃるんだなーと感心する。歌舞伎座での目撃情報もあり、あんなに忙しいのにすごいなぁー。それに、お知り合いの方々に挨拶してまわってたし、すごすぎ。いつか、歌舞伎座で遭遇したいものです。

 後半は、演目にそって、それぞれの演じ方を話してくれました。これがまたおもしろかったんです。歌舞伎と文楽をいったりきたりした甲斐がありました。

 「熊谷陣屋」

吉「陣屋の前の陣門組討で子である小次郎の首をはねる、このときは(敦盛の首をはねたのだと)観客をだましなさい。陣屋では、お客さんは身替りになっていることを知らないのだと、熊谷役者がだまされなさい。と教わった」
 これって素晴らしい教えですね。歌舞伎に限らず、古典芸能に通じる気がします。長い間、同じ演目を繰り返し上演して、見慣れた観客はその筋を知っている、なのに感動できるヒミツをちょっと知ることができたかも。
 最後の引っ込みは、歌舞伎は熊谷一人が「夢だ、夢だ」とひっこみますが、文楽は妻の相模と一緒(記憶にない・・・)。
吉「九代目團十郎が一人でひっこみたかったのか、かえてしまった。初代(吉右衛門)は、身替り首がどうというより、熊谷という男の葛藤を描きたかったようです。」
住「初代のはよろしかったですわー。陣屋は大物です。マクラが難しい。風格とか品格が必要」
 と陣屋の実演に入る(笑)。その横で一緒にセリフを口ずさむ吉右衛門さんがステキ。そして、戸惑う司会者(笑)。
 個人的には、相模と一緒に小次郎を供養してやってほしいところですが、昨年9月の吉右衛門さんの熊谷のときは、確かにそれはもう超越して、哀しいひとりの男がいました(涙)。

 住「同じ演目を文楽と歌舞伎でみると、趣きがかわってよろしいな」
 と、今度は引窓の話へ(司会者無視(笑))。

 「引窓」

 歌舞伎と文楽の違いは、南与兵衛と一緒にくる侍。歌舞伎は同じような侍姿ですが、文楽だとひとりはチャリで、かしらは与勘平(引窓は文楽公演ではみていませんが、昨年、素浄瑠璃を聴いたとき、侍の一人が違うなぁと後でかしらを調べた。)。
 
住「最後に南与兵衛(が濡髪に抜け道をおしえるとき)は、文楽では「山越えに」というが、歌舞伎では「山越しに」といいまんな。藤十郎さんが「住さん、どっちやねん」と聞いてきた。うちは山越えにといってると答えたら、「ほな、それでいく」と言っていた。」
吉「おそらく播磨屋だけが「山越しに」といっている。文章的には「山越えに」が正しいと思うし、文楽ではのばしていいませんね。おそらく初代は濡髪に聞かせるということを意識して「やまごしぃ〜にぃ〜」とのばしたのだと思う。」
 ここで、へぇ〜へぇ〜しまくりでした。最初は、「し」でも「え」でもいいじゃん、細かいこというなぁ(笑)と思っていたら、そういう一音にこだわってこそだったんですね。びっくり。初代吉右衛門さん、おそるべし。
 
 「寺子屋」

住「松王は拵えが立派だが20代、いいところ30代のはずなので、高う言う。文楽は「いろは送り」を派手にやる。」
 そう、「いろは送り」はかなり違います。歌舞伎も昔はワリゼリフ(といっていた気がする)とやらをして、多少派手にしていたのでしょうか?今は、基本、お焼香の場って感じ。やっぱり、ここで人形と人間の違いがでるんでしょう。子どもが死んだのに、人間の千代と松王がイトにのって踊るように語るのはちょっと無理そう。お人形だからできる名場面ですね。

 松王と源蔵のどっちが好きかという質問に
吉「松王の方が好き。でも難しいのは源蔵
住「源蔵戻りは太夫も一苦労。独り言や内緒事は大きな声で語れないし、小さな声では聞こえない。」
住「(言葉を伝えるための一例として仮名手本の)平右衛門の語りでは、ゆっくり言って早くきかす。言葉の運びとリズムが大事。」
吉「若い人はリズムが違う。どう伝えてますか。」
 ときかれ、当然実演へ(笑)。

司会「住大夫さん、吉右衛門さんは、若い人のリズムが違ってきているので、教えるのが大変とおっしゃっていますが、そうですか?」(実演が続くので、未来に伝えるという今回の趣旨に司会者は話をもっていきたかったと推量(苦笑))

住「えらありっ!」(爆笑)
  「ほんとストレスがたまる。」
  と、ここからは、かなりぼろくそに・・・・レポはつらいものがあるので、文字久さんが稽古をうけている様子を思い出してください。もっともあれはテレビ用にそんなに怒っていないそうですが・・・(マジ?)
  「今の若い人は、深呼吸をしませんな。息が腹からでてない、口先で語る。息が大事」

  まだまだつづく、あとちょっと 
 
伝統から未来へ その1 
2008.01.23.Wed / 22:44 
 昨年12月17日、日経新聞主催で開催された、住大夫さんと吉右衛門さんのお二人の対談「伝統から未来へ」。記事は、先週金曜日(18日)の日経に載りましたが、ここにのっていないお話などを。

 私からすれば、歌舞伎、文楽のトップ二人ですから。そのお二人が対談なんてえらいご馳走。歌舞伎の義太夫狂言は群をぬいて吉右衛門さんだし、住大夫さんは鴈治郎さんや藤十郎さんと大変交流があるようなので、「歌舞伎と文楽」のお話、まさに私の好きなもの♪を期待しておりました。

 もともと、吉右衛門さんがこういう対談にでられるのは珍しく、「おもしろいから、このまま(住)お師匠はんの話をききましょう」と吉右衛門さんがいうほど、実際、半分以上、いや3分の2以上、住大夫さんの話と語り(笑)。はじめに「2時間ももつかいなー」といったのは完全にフリでした(笑)。

 話ばかりじゃなく、次々と実演してくださる住大夫さん、さらにその隣で同じ拍をとりながら聴き入り、メモをとっている吉右衛門さんをみることができたのがすごく興味深かった。
 住大夫さんが「あんたの芝居好きだっせ、古典ものはこの人だっせ」というのはまったくもって納得の吉右衛門さんが人前で学んでいるんですよ、本業の太夫の語りを。もう、ずっーとその姿をみておりました。おかげで「息」がちょっとわかったような気がしました。息をつめるとき、息を吸うとき、吉右衛門さんが住大夫さんと一緒に動いてくれたんです。だから、今吸っている、今吐いているのがよくわかった。これが一番の収穫でした。

 住大夫さんは初代吉右衛門さんのお芝居がとてもお好きだったそう。「絶対なまっていなかった。」と断言。その後、「きちえもん」の発音がなまっているとの指摘。曽根崎心中なら「はっちえもん」みたいな発音が正しいよう。自分の名前をなまっていると指摘された吉右衛門さんの苦笑いがステキでございました。

 歌舞伎役者になろうと思ったことはないんですかという質問に、結構即答で、「おもった、でも、歌舞伎は世襲が強い」といった後、「それに頭大きゅうて鬘があわへん」と一笑い。
 文楽は世襲じゃなく実力の世界といわれるけれど、歌舞伎は世襲のおかげでその世界に早くからなじむ。文楽は入ってくるのが遅いので育つまでに時間がかかる。でも好きで入ってきているんだから、もっと好きになれと住大夫さん。

 綱大夫さんも、文雀さんも歌舞伎役者になりたかったんですよね。歌舞伎の世界は世襲だから役はつくけれど、だめなら評価は厳しい。これは当然。それにすごく比べられるし。それを乗り越えようとするから、襲名でぐんとよくなるような気がします。
 世襲と実力の世界がうまいことかみあうといいんですよねー(期待)。

 吉右衛門さんが、器用なお兄さんにコンプレックスをもっていたというのは聞いたことありましたが、結構深刻だったよう。一緒にインタビューうけても、吉右衛門さんの写真が顔半分だったり、染右衛門(当時兄は染五郎)といわれたこともあったらしい。
 そんな話をする吉右衛門さんに、住大夫さんが「東宝いってどうでした?」と質問(歌舞伎は松竹の独占興行のようなもので東宝にいくのは当時大事件だった)。
 吉「鳴かず飛ばずで、苦しかった。ミュージカルできないし、一番先に帰りました。」
 住「ミュージカルできなくてよかったですな」
 これ聞いて、会場大拍手ですよ。だって、歌舞伎を代表する吉右衛門が生まれなかったかもしれない。住大夫さん、いってくださってありがとう。器用じゃなくてよかった。
 
 器用じゃない分、いろいろともがいていたようで、吉右衛門になりたての頃(10代ですよね)、着物が似合うようになろうと、毎日着物で暮らしてた。煙管でたばこを吸っていた。落語家に間違われたこともあった。そうしてだんだん着物が似合うからだになっていったそう。
 きっと「吉右衛門」になるために闘っていたんでしょうね。
 住大夫さんも「役者は大変、何から何までやらないといけない。ならんでよかった。(笑)」と。
 すごい褒め言葉に聞こえました。吉右衛門さん、きっとうれしかったと思います。 

 住大夫さんからは、昔の歌舞伎と文楽の交流のことも。
 以前、新橋演舞場で文楽公演があったとき、歌舞伎ではほとんどでない筆法伝授や築地の段などを勉強するため、歌舞伎役者が開演前に文楽を聴きにきていた。
 逆に、歌舞伎公演を、文楽で総見したこともあった。

 そして、八代目幸四郎さんと綱大夫・弥七さんの演舞場での日向嶋の合同公演の話へ。以下、住大夫さんと吉右衛門さんの話した内容をメモしたものを。 
 住「大問題だった。これまで一緒にやってもセリフを言わしたことはなかった。公演は前半は大夫が全て語ったが、後半、糸滝がでてから、文楽のセリフのまま歌舞伎役者がセリフを語った。東京にいたので公演の手伝いをしたが、どちらも必死、ただ決して(動きにセリフを)合わせなかった。」
 吉「父は(文楽の赤い目を表現するため)赤いコンタクトを入れた。コンタクトすらない時代、今のような大きさではなく、目全体にかぶせるようなもので、麻酔をかけて入れていた。糸滝が身をうったことを知り追うのを、兄(現幸四郎:当時17歳)と自分(当時14歳)でひきとめるが力がものすごくて二人で必死でとめた。」
 住「真剣勝負だった。こりゃ25日やれんわ(公演は2日間)といっていた。」
 吉「歌舞伎ファンは歌舞伎らしくないと・・・」
 住「でもあれはよかった、立ち上がって拍手するものもいた。」
 住「その後も、良弁、四の切などを先代の勘三郎さんなどとやったが、だんだん乱れてきた。役者にあわせたから。新作舞踊ものなどはいいが、やはり古典ものでセリフを言われたくない。

 綱大夫・弥七・幸四郎の公演後の笑顔の写真と、大反対をうけつつ成功させたと読んだことがあるので、文楽をみはじめたときは、なんで共演がないんだろうと思っていたんですが、文楽のセリフのまま歌舞伎役者がセリフをいうのは無理だと今はわかります。走りながらセリフ言うようなものですもの。それでいて魅せなければいけない。

 なので、舞踊での競演を期待しております。以前、咲大夫さんと玉三郎さんとか共演してるんですよね。みたかった(涙)。綱大夫さんの会にも玉さん出演されたはずなので、そういうの是非。私は絶対行きます!高いだろうけど(泣笑)。
 そういえば、「坂東玉三郎の古典芸能図鑑」で、咲大夫さん・清治さんの床で、玉男さんの勝頼、玉三郎さんの八重垣姫という競演がありましたね。いまみるとすごいメンバー。そう、これをみて文楽、玉男さんのお人形がみたくなったんだ・・・・。
 いまなら、簑助さんのおかるに、吉右衛門さんの由良さんとか、簑助さんのお半に吉右衛門さんの長右衛門とか。うきゃーみたい。まあ、素浄瑠璃とか聴くと、脳内では、歌舞伎・文楽問わず、マイベストキャストで競演させていますが。
 
 まだつづく
 
漁夫の利 
2008.01.22.Tue / 03:02 
 今回の文楽公演(国性爺合戦)をみて、一番はまったのは、大蛤。ほんとに大きいの(笑)。
 その蛤と、鳥の鴫(しぎ)の争いをみて、和藤内が悟るのだけれど、みているときはポカーン。全然意味がわかりませんでした。なので、ネットで調べたら、これ「漁夫の利」のことだったんですね。

 貝は口をあけてひなたぼっこしていたら、鴫がその肉をついばんだ。貝は口を閉じて鴫のくちばしを挟んではなさなかった。互いに譲らす、一向に和解しない、そうこうしている間に通りかかった漁師が、まんまと両方を捕まえた。

 そうか・・・・確かに蛤はひなたぼっこが気持いいのかポカーンと開いていたけれど・・・・・舞台の蛤にはついばまれる身がなかったよ(笑)。なので、鴫はなぜ蛤にくちばしをつっこんでいったのかがわからなかった。蛤が好きなのかとおもった(バカまるだし)。漁夫の利って使わないこともないけれど、もとの由来を全然知らず。
 みんな知ってたのかな?知らずに、「ははは、蛤でっかーい!鴫何してんの?和藤内のいってることわからん。」と思っていたのは私だけ?

 やはり、文楽に予習は必要か?いや、バカまる出しで復習していきます。というか、一般常識?(涙)
4月文楽公演 配役 
2008.01.21.Mon / 23:15 
 いつものように錦糸さんの応援サイトで拝見。
 実は・・・4月公演はパスする予定だったんです。
 なのにー、勘十郎さんの弁慶がみたい。勘録さんの長吉もみたい。
 桂川はほぼフルバージョンで、お半が長右衛門のお布団にしのんでいく石部宿屋もあるし、競伊勢物語は久々の上演らしいし、うー、やっぱりいくか・・・・。

 4月は仕事が大変そうで、いっても楽しめないんじゃないかと。支店の統廃合案によれば、担当案件が今の倍以上、担当地域はいまよりフクザツ。問題は管理する社員数。案件が増えればそりゃ人も増えるはずで、でも、予想以上に社員数が確保されたというか、人の数だけはついたというか、でも組織って1+1じゃないのよね・・・。社員数が増えれば、当然、難しい社員も増えるわけで、おまけに今支えてもらっているリーダーさんは異動しなきゃいけないし。お先真っ暗、どよーん。
 発表前はこれで飯くってんだからしょうがないと思っていたのですが、いざ、異動の情報をいろいろ集めると経験者はさほど望むことはできず、1月から新年度準備は進めているものの、予想以上の件数と人数にいまから悲鳴をあげております。

 体力温存か、気分転換か。さてどっち?

いてくるぞよ 
2008.01.20.Sun / 09:10 
大阪は今年一番の寒さらしい。
午後には雪も降るらしい。
新口村にお似合いの天気だ。と前向きになってみる…
壽 初春大歌舞伎 
2008.01.19.Sat / 23:54 
 昼の部 1/6観劇
◎猩々
 梅玉さんと染さんの踊り?という感じで見始めたんですが、これが結構でしたねー。特に梅玉さん。失礼ながら、いままで踊りがうまいという印象はなかったんですが、なんかこう、地に足のついた安定した踊りって感じで、見ていて大変心地よかったです。
 あと、松江さんの拵えが似合っていてかっこいい。やはり見た目は大事です(笑)。

◎一條大蔵譚 檜垣 奥殿
 なんでしょーねー、吉右衛門さんは違う領域にいってしまったような気がします。もう自然なの、なにもかも。作り阿呆と本気の切り替えに、観客も自然に反応して笑ったり緊張したり。大蔵卿は作りの部分があざとくみえるとこっちがさめちゃうけれど、最初の作りのところが、衣裳の柔らかさそのものでふんわりしてかわいらしくて、おもわずふっと笑って頬が緩んでから、そのままあの世界に入り込んでしまえる。ステキでございました。吉右衛門さんを今みられる幸せ♪
 また、まわりも揃っていてよろしかったですね。
 特に、最近、吉之丞さんをみるだけで、うれしくなってしまう私ですが、今回もステキでございました。鬼次郎・お京コンビも梅玉・魁春さんの兄弟コンビ。魁春さんは黒の着物がお似合い。じっと動かず控えているさまがまたよろしいですね。この方の動かないさまが好きです。なんだか安心するの。
 福助さんも拵えがお似合いで美しゅうございました。

◎けいせい浜真砂 女五右衛門 南禅寺山門の場
 お正月のテレビ放送では、はらはらしましたが、この日はほとんど問題なし。「京屋」「京屋」とかかる大向こうも多く、ああ、歌舞伎ってすごいなぁと素直に感動。
 歌舞伎をみはじめたときがちょうど京屋さんの体力の衰えと重なってしまった私は、セリフがあまりに入らないので、これでいいといわれても・・・・と戸惑いましたが、歌舞伎をみはじめて3年、不屈の思いで舞台に立ち続けられる京屋さんに役者のすごさを感じております。

◎魚屋宗五郎とお祭りは事情により退席

 夜の部 1/12観劇

◎鶴寿千歳
 意外と少ない?芝翫さんと富十郎さんの踊り。わくわくしていたんですが、うーん、さして見せ場はなかったような・・・・。ただ、二人のお姿にとてもおめでたさを感じました。

◎連獅子
 毛振りがザ・歌舞伎なので、とても華やかでお正月らしくてよろしいと思うんですが、獅子ってあんな足取りでしたっけ?毛振りがあってるあってないは別にどうでもいいんですが、途中の力強さにかけているようにみえてしまった。
 来月も染さんは毛を振るのよね。振りっぱなしだ。首に気をつけてくださいね。

◎歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜
 とうとう助六が見られるー、おおっ向こうから聞こえるのが噂の河東節。と序盤にコウフンしすぎたのか、その後意外とあっさり。なぜ?
 次々と三浦屋の前を人々が横切っていくんですが、次は誰?次は誰?わくわく♪みたいな感覚がもてないとつらい。どこで私の助六歯車はひっかかってしまったのかしら。うむむ。
 でも、白酒売@梅玉さんがやわらかさがあってとてもよろしかったです。
 福助さんの揚巻は、顔立ちが華やかなのでお似合いですね。ただ、揚巻の笑声をきいて観客が妙な笑いの反応したのは気になる。あとは悪態がときおりマジの悪態に聞こちゃう。先月の千代のときもそうだったんですが顔をゆがめないでほしいなぁ。せっかく綺麗なのに。節句の衣裳は、七夕の衣裳が一番お似合いでした。あんまり綺麗なので、見惚れました。
 團十郎さんの助六さん、荒々しい助六ではなく、落ち着いた感じ。 「鼻の穴に屋形船をけこむぞっ!こらっ!」って感じじゃなく、 「屋形船をけこみますよ」って感じ。何をいっているんでしょう・・・。ともあれ、成田屋さんの助六をみることができて、うれしゅうございました。
 
▽続き・・・・・
プロフェッショナル 
2008.01.18.Fri / 06:48 
 番組HPに放送内容がアップ → こちら
 司会の茂木さんのブログ → こちら
 すみきちのぶっちゃけ道ブログ → こちら
 スタッフノート → こちら

 
 何よりうれしかったのは、明日にでもやめてしまうのではないかと思っていた不安は、「遠くをみない、明日だけを見る」ということだと思えたこと。

 興味深かったのは、仁左衛門さんとの牡丹燈籠のお稽古場面と二人のやりとり。ああして、お二人は舞台をつくっていかれたのですね。

 舞台裏の映像が多かったので、お弟子さんたちとの様子がたくさんみられたのはとってもうれしかった。
 鷺娘の引き抜きをする守若さん、引き抜く一瞬をまつ腕の緊張が伝わってきます。おそらく、500回以上の上演のうち、そのほとんどを引き抜いてこられたと思うのに、引き抜きに関しては誰もがその見事さ鮮やかさをしっているのに、守若さんも今日だめだったら明日はないくらいのお気持で引き抜いていらっしゃるような気がします。
 玉雪さんは、つねに玉三郎さんの傍にいらっしゃいました。阿古屋の衣裳の最終チェックをしている姿をみて、舞台での見事な後見を思い出しました。後見の仕事は舞台裏からずっと続いていたのですね。
 功一さんも、玉朗さんもつねに傍にいらした。
 妥協なき日々は、これからも、こうして続いていくのでしょうね。

 残念だったのは、茂木さんのブログを放送前に読んで期待していた、「他の人を成長させる喜び」にめざめたことが番組ではあまり描かれていなかった。きびしく指導する場面は多かったけれど。拡大版でもそこまで描ききるのは難しいんでしょうね。
 女形のしぐさを教えていたとき、「そう、そうです」というあの褒め方は単なるお世辞にもみえるけれど、鼓童のみなさんにもよくそういってた。ストイックさが強調されていたけれど、そればかりじゃない指導の様子がみたかったなぁ。もっとも鬼揃は、前日の舞台稽古で不安がっていたくらいなので、そんな余裕はなかったのかもしれませんけど。
 すみません、ファンは欲張りなんです。

 下関の海はきれいでしたね。阿古屋と藤娘がみたくて遠征したっけ(笑)。おかげで、赤間神宮でナマ玉三郎さんに遭遇できたっけ。藤娘のあまりの可愛さに会場がどよめいていたなぁ。ほぉ・・・・・と。そうだった、あの頃はもっと素直にみていた気がする。見るもの全てが新鮮で楽しかった。また、あんな気持に戻れるかなぁ〜。戻りたいなぁ〜。
 
▽続き・・・・・
あかしちゃった 
2008.01.17.Thu / 22:32 
 勘三郎さんがいろいろ話してくれたようです。噂では、4月に勘三郎・仁左衛門・玉三郎さんたちが歌舞伎座とか。演目なんでしょうね。発表を楽しみにします。

        中村勘三郎 11月に「法界坊」凱旋公演

舞台あいさつした中村勘三郎 歌舞伎俳優・中村勘三郎(52)が16日、今秋、10、11月に、東京・浅草に芝居小屋を建てて行う「平成中村座公演」を開催することを明かした。

 東銀座の東劇で公開中のシネマ歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」の舞台あいさつに出席後、明かしたもの。10月に片岡仁左衛門(63)と「仮名手本忠臣蔵」を、11月には、昨年7月に米ニューヨーク公演で絶賛を浴びた「法界坊」の凱旋公演を行う。週1回はほとんどが英語セリフの米国バージョンの公演を行う予定で、「(外国の)パスポートを持ってきた人を安くしたい」と外国人へ向けた日本文化発信へも意欲を見せた。

 恒例となった8月の歌舞伎座・納涼歌舞伎では演出家・野田秀樹氏(52)と再びタッグを組む。14日に酒を酌み交わし新作の構想を練ったことを明かし、「おもしろいものになる」と自信満々だった。

                    (2008年1月17日11時12分 スポーツ報知)

また悲しいです 
2008.01.16.Wed / 19:24 
 吉田文吾さんが亡くなられたそうです。
 昨年2月の合邦がステキでした。強くって情があって。
 もっとみたかったな・・・

 ご冥福をお祈りします。