一昨年のコクーンでみたときの衝撃がのこっていて、いろいろと見比べてしまった。コクーンは北番と南番があり、私は北番が好き。南番は最後がお化け屋敷になってしまって、四谷怪談のもつ余韻みたいなものが消えてしまって、後味が悪かった。
コクーンで四谷怪談をみる前は、お岩さんの物語という知識しかなく、この話がおそろしいほど入り組んだ筋をもっていることを知らず、びっくりして幕間にあらすじや人間関係を猛勉強したのを思い出す。北番はほぼフルストーリーだったし。その後、WOWOWで放送されたのを見直して、再度筋をおったが、いまだに一部わかってないところがあるくらい。
なので、まず、今回の筋立てで、みんなわかるのかしら?と思う。特に、小仏小平の「薬くだせぇ〜」が唐突にみえる。最後のお花って誰?と思わないのかな?福助さんの早替わりをみせるためなら、むしろやめてほしかった。特に、戸板かえしの早替わりに不満。
浪宅はよかった。冷たくされても、子までなした仲、親の敵をうってもらいたいという気持ちが伝わってきた。悲しい女だった。
勘三郎さんのお岩さんは、極限まで尊厳を傷つけられた人間の悲しみがあって、もう女とか男とか関係なく、人間とはここまで人を追い詰めることができるんだと恐ろしく、髪漉きでは苦しくて苦しくて息ができなくなりそうだった。
けれど、追い詰められた福助さんのお岩さんの髪漉きは、段取りがみえすぎてしまって、苦しくなれず。せっかく途中までいいお岩さんだと思ったのに、ここから怖がることも笑うこともできなくなってしまった。提灯ぬけは、抜けたのか抜けなかったのかわからないし(なにか不手際でもあったのかな)、伊右衛門のために唱える人たちのまわりを、お岩さんがなぜあんな風に裾をひきずりながら、ひょこひょこ歩かないといけないかもわからなかった。
これなら、お化け屋敷にしてくれた方がよかった。怪談ものって難しい。南番のように、ある程度、お化け屋敷のように怖がらせることに徹するのはそれはそれですごいことなんだと思い直した。
吉右衛門さんの伊右衛門は、「首が飛んでも動いてみせるわぁ〜」をきいたとき、うわぁ〜かっこいい〜、素敵ぃ〜と思ったが、あれ?伊右衛門ってこんなに悪だったけ、天下転覆でもねらっているよう。吉右衛門さん、おおきすぎるのね。ああ、伊右衛門って錦之助さんがやったら似合いそうと一人で合点。隣の娘にほれられて、お岩さんの顔が崩れる薬を知らずにしこまれたり、母親が高家に入る手伝いしたり、なんだか周りがほっとかないって感じが私の伊右衛門像なんだなと、また一人合点。
と、お芝居にはのめりこなかったけれど、四谷怪談のもつすごさには再度驚き。もうちょっといろんなバージョンがみてみたい。ただの怪談話じゃない、やはり恐ろしいのは人間の心なんですね。

