2月の歌舞伎座では、九段目に続く加古川本蔵・戸無瀬・小浪の家族のくだりはほぼカット。現在、公演中の博多座の文楽公演でもカット。時間の制約上しかたないんでしょう。おかる勘平の悲劇の方が有名ですもんねぇ。
9月の文楽公演の11時間の通しでさえ、いろいろカットがありました。そのうち、四段目「おかる文使いの段」、十段目「天河屋の段」、大詰「光明寺の段」は、公演中に国立劇場で過去の公演ビデオを視聴済み。「おかる文使いの段」はカットするのはあまりにも残念(おかるがなぜ身売りをしなければいけなかったかがより鮮明になると思う)でした。
その他に、「力弥上使の段」別名『梅と桜』と呼ばれる二段目の口もカットされていることがわかったものの、ビデオをみる時間がつくれないまま、はや3ヶ月。先日、やっと時間ができたので国立劇場の視聴室にいってきました。
公演は、平成8年12月のもの。浄瑠璃:呂勢大夫、竹澤 団市。人形は戸無瀬が清之助さん、小浪は和右さん、力弥が勘弥さん。10年前であり、いまみるとホントに若手公演。
お話の筋は、若狭之助の屋敷で、家人たちが若狭之助と師直がいい争ったらしいと噂している。それを聞いた本蔵は家人をたしなめる。娘の小浪と戸無瀬がやってきて、同じ噂を本蔵に話すが、やはりたしなめられる。
そこへ、塩谷判官の使いとして、力弥が明日の登城の時間を告げにきた。本蔵は戸無瀬に口上をきいて殿様に申し上げるように言い残し奥に入る。
ここからがおもしろい。せっかくなので私なりの口語訳で(笑)。
戸無瀬が小浪に「お父さんたら堅いわよね、せっかくなんだからあなたに口上を受けさせればいいのに。力弥さんに会いたいでしょ、私に代わってお出迎えしなさい。いやじゃないでしょ」というと、小浪は返事ができず顔を赤らめる
小浪は、袖で顔を隠してかわいさたっぷり。ものすごくかわいい。
戸無瀬は小浪の気持を察して「アイタタタ、朝からいろいろあったので持病の癪が差し込んだわ、アイタタタ。これではお使者に会えないわ。だから、あなたが口上を聞いてちょうだい。御馳走もたっぷりね。でも、大事な口上を忘れてはだめよ。私も力弥殿にアイタかったわ」と奥に入る。
いかにも仮病のアイタタタがいい。戸無瀬は継母ゆえに年の近い理解あるいいお母さんなんでしょうね。そういうつながりがあってこそ、道行で小浪が力弥にあったらこうなるのかしらというかわいい想像をほほえましく優しく見守り、お石に断られたときの小浪の絶望を思って、一緒に死ぬ覚悟ができたのかもしれません。九段目だけみると、特に歌舞伎では戸無瀬は貫禄がありすぎて、小浪を嫁がせようとするのはお家の意地にみえてました。
小浪は御あと伏し拝み、「かたじけない母様。日ごろ恋しゆかしい力弥様、逢はばどう言をかう言を」と。娘心のどぎどぎと、胸に小浪を打ち寄する。
ここは浄瑠璃の方が素敵なのでそのままで。小浪の名前はここから来ているみたいですね。
そこへ、凛々しき力弥が現われ、取次ぎを頼む。
小浪ははつと手をつかへ。じつと見かはす顔と顔。たがひの胸に恋人と。ものもえいはぬ赤面は。梅と桜の花相撲に 枕の行司なかりけり。
素敵な浄瑠璃ですよねぇ。これが『梅と桜』といわれる所以ですね。お人形は、互いにじっと見つめながら。上手にいた小浪が下手へ、下手にいた力弥が上手へ移ります。
力弥は判官殿からの口上を伝える。
ところが、小浪はうつかり力弥の顔に見とれて返答しない。
そこへ、若狭之助さが現われて、口上受け取ったと伝え、力弥は立ち帰る。
小浪はぽぉ〜となって口上なんて聞いちゃいない(笑)。もしやこれが原因になってしまうのか・・・と心配になるほど。浄瑠璃の文言では、力弥はお堅い口上役に終始してますが、小浪の視線を感じて、動揺を隠すために懸命に冷静さを保っている感じでした。
見終わって思ったのは、この段絶対必要ですっ!この娘の恋心があってこそ、本蔵は死ぬ覚悟を決めたんでしょう。まさに「忠義にならでは捨てぬ命。子故に捨つる親心。」
とはいえ・・・やはりいろいろ難しいんでしょうね。今後もこの『梅と桜』が上演される可能性は少なそうなので、九段目がかかるときは、この段を脳内再生してたっぷり楽しもうと思います。
浄瑠璃は↓
空も弥生のたそかれ時。桃井若狭之助安近の館の行儀掃き掃除。お庭の松も幾千代を守る館の執権職 加古川本蔵行国。年も五十路の分別ざかり。上下ためつけ書院先。
歩みくるともしらすの下人。「ナント関内。この間はお上にはでつかちないおこしらへ。都からのお客人。昨日は鶴岡の八幡へ御社参。おびただしいお物入り アアその銀の入目がほしい。その銀があつたらこの可介。名をあらためて楽しむになア」。「なんぢや 名をあらためて楽しむとは珍しい。そりやまたなんと替へる」。「ハテ角助とあらためて、胴を取つて見る気」。「ナニばかつつらな わりや知らないか。昨日鶴岡で。これの旦那若狭之助様。いかう不首尾であつたげな。子細は知らぬが師直殿が大きな恥をかかせたと やつこ部屋の噂。定めてまた無理をぬかして。お旦那をやりこめをつたであろ」とさがなき口々。
「ヤイ々々何をざわ々々と やかましいお上の取り沙汰。ことに御前の御病気。お家の恥辱になることあらば この本蔵聞きながしおくべきや。禍ひは下僕のたしなみ。掃除の役目しまうたら。みな行け々々」とやはらかに。女小姓が持ち出づる。たばこ輪を吹く雲を吹く。廊下おとなふ衣の香や。本蔵がほんさうの一人娘の小浪御寮。母の戸無瀬もろともに しとやかに立ち出づれば。「これは々々々両人とも 御前のおとぎは申さいで。自身の遊びか 不行儀千万」。「イエ々々今日は御前様ことのほかの御機嫌。今すや々々とおやすみ それでナア母様」。「イヤ申し本蔵殿 先ぼど御前の御物語。昨日小浪が鶴岡へ御代参の帰るさ。殿 若狭之助様。高師直殿ことば諍ひあそばせしとの御噂。誰がいふとなくお耳に入り それは々々々きついお案じ。夫本蔵子細くはしく知りながら。みづからに隠すのかやとお尋ねあそばすゆゑ。小浪に様子を尋ぬれば。これもわたしと同じこと。なんにも様子は存じませぬとのお返事。御病気のさはりお家の恥になることなら」。「アアこれ々々戸無瀬。それほどのお返事 なぜ取りつくろうて申し上げぬ。主人は生得御短慮なるお生れつき。なんのことば諍ひなどとは。女わらべの口くせ。一言半句にても 舌三寸の誤りより。身を果たすが刀の役目。武士の妻でないか。それほどのことに気がつかぬか たしなみめさ々々々々々々。ナニ娘。そちはまた御代参の道すがら。左様の噂はなかりしか。ただしあつたか。ナニない。オオそのはず々々々々。ハハハハハ なんの別してもないことを。よし々々奥方のお心やすめ。直きにお目にかからん」と立ち上がる折こそあれ。
当番の役人罷り出で。「大星由良之助様の御子息。大星力弥様御出でなり」と申し上ぐる。「ムムお客御馳走の申し合せ。判官殿よりのお使ひならん こなたへ通せ。コレ戸無瀬 その方は御口上受け取り。殿へそのとほり申し上げられよ。お使者は力弥。娘小浪といひなづけの婿殿。御馳走申しやれ 先づ奥方へ御対面」といひ捨て。一間に入りにける。
戸無瀬は娘をそば近く「なう小浪。「父様の堅苦しいは常なれど。今おつしやつた御口上。受け取る役はそなたにとありそなところを。戸無瀬にとは 母が心とはきついちがひ。そもじもまた力弥殿の顔も見たかろ。逢ひたかろ。母に代つて出迎やや。いやか々々々」と問ひ返せば。あいともいやとも返答は あからむ顔のおぼこさよ。
母は娘の心をくみ「アイタタタ。娘背を押してたも」。「これはなんとあそばせし」とうろたへさわげば「イヤなう。今朝からの心づかひ また持病の癪が差し込んだ。これではどうもお使者に逢はれぬ。アイタタタ娘。大儀ながら御口上も受け取り。御馳走も申してたも。「お主と持病に勝たれぬ々々々々」と そろ々々と立ち上がり。「娘や ずいぶん御馳走申しやや。」したがあまり馳走過ぎ。大事の口上忘れまいぞ。わしも婿殿にアイタ」あひたからうの奥様は。気をとほしてぞ奥へ行く。
小浪は御あと伏し拝み々々々々。「かたじけない母様。日ごろ恋しゆかしい力弥様。逢はばどう言をかう言を」と。娘心のどぎ々々と。胸に小浪を打ち寄する。
畳ざはりも故実を正し 入り来る大星力弥。まだ十七の角髪や。二つ巴の定紋に 大小。立派さはやかに。
さすが大星由良之助が子息と見えしその器量。しづ々々と座になほり。「誰そお取次ぎ頼みたてまつる」と慇懃に相述ぶる。小浪ははつと手をつかへ。じつと見かはす顔と顔。たがひの胸に恋人と。ものもえいはぬ赤面は。梅と桜の花相撲に 枕の行司なかりけり。
小浪やう々々胸おし鎮め。「これは々々々御苦労千万にようこそお出で。ただいまの御口上受け取る役はわたし。御口上のおもむきを。お前の口からわたしが口へ。直きにおつしやつて下さりませ」とすり寄れば 身を控へ。「ハアこれは々々々不作法千万 惣じて口上受け取り渡しは。行儀作法第一」と。畳を下がり手をつかヘ。「主人塩谷判官より若狭之助様への御口上。明日は管領直義公へ未明よりあひ詰め申すはずのところ。さだめてお客人もさう々々にお出であらん。しかれば判官若狭之助両人は。正七つ時にきつと御前へあひ詰めよと 師直様より御仰せ。万事間違ひのなきやうに いま一応お使者に参れと。主人判官申しつけ候ゆゑ みぎの仕合せ。このとほり若狭之助様へ御申し上げ下さるべし」と。水を流せる口上に。小浪はうつかり顔見とれ とかう。答もなかりけり。
「オオ聞いた々々々 使ひ大儀」と若狭之助。一間より立ち出で「昨日お別れ申してより、判官殿間ちがうてお目にかからず、なるほど正七つ時に貴意得たてまつらん。委細承知つかまつる。判官殿にも御苦労千万と。よろしく申し伝へてくれられよ。お使者大儀」。
「しからばお暇申し上げん。ナニお取次ぎの女中御苦労」と。しづ々々立つて見向きもせず 衣紋つくろひ立ち帰る。
「音曲の司」さんHPを参考にさせていただきました。


